別海村立昭和小学校

明治43年?月?日開校   昭和44年3月31日閉校


平成20年5月訪問



別海町が町制施行したのが昭和46年4月1日
それ以前の村立時代に閉校した小学校が
私が取り上げているだけでも15校もある
この昭和小学校もその一つ

別海町はそれぞれの地域に1校と 学校を設置したため
広大な土地柄小学校だけでも最盛時38校を数えた
しかし離農等の影響での市街地への人口流動
交通網の発達によるバス通学が可能となり
現在ではそれも11校にまで減少してしまう

ということは27校もの廃校があるということだ
人口2万人前後の町で小学校27校もの廃校がある
人口に関わりなくそれほどの自治体は道内にはないのではないだろうか









また別海町ほど廃校跡地を探すのに苦労する所もないと思われる
それは広大な地を縦横に走る道路に点在し
しかもほとんどの跡地にそれを示す物など建てられてはいないことによる

この昭和小学校跡地は別海町東方の道道364号線と
根室東部広域農道の交差する位置にある

入り口にはご覧の味のある古びた木製の門柱が建っている









しかし裏側に付けられたプレートに
「建立昭和59年11月」とある

閉校15年後であることから
学校現役時代の物ではなく
この敷地に建つ会館がつくられた時のものだろうか









跡地に建つその昭和地区会館









会館に続いている建物は
形状からすると体育館のようである
昭和小学校のそれを再利用したものではないだろうか









会館前の駐車場から
奥の広々とした校庭跡地らしき空間を眺める









その間に記念碑が建っていたので近づいたが
「開拓之碑」であった
下部の碑文の内容には 学校の事は触れられてはいない









校庭跡にあるバックネットは閉校後に作られたようだ









ぽつんと立つ国旗掲揚塔が
学校時代からのものであるようだ





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