紋別市立上藻別小学校

明治45年7月24日開校   平成3年3月31日閉校


平成19年11月訪問



紋別市街地から かつての鴻之舞鉱山へと続く道道305号線
そのほぼ中間にある上藻別の集落
道道沿いにある 小学校跡地の敷地内に建つのは
旧教員住宅だろうか
現在そこにはお住まいの方がいるようだ









丁度運良くお住まいのお方が出てきたので
お声を掛けて見学させてもらう
敷地隅に建立されていた跡地の碑
紋別市は何年か掛けながら 廃校跡地にこのタイプの碑を建立している
裏側には開閉校年が刻まれている









振り返り校庭跡を望む
残念ながら校舎は全て解体されてしまったようだ









唯一見つけたのがこの国旗掲揚塔

明治の時代に部落民によって建てられた校舎
その後の開発で児童数も増えて行く

大正5年の鴻之舞鉱山の発見により
児童数の増加が目立ち
住友による鴻之舞の経営が始まると
昭和16年には191名の児童数までになる

昭和22年には鴻之舞中学校上藻別分校が併置され
その年に独立し上藻別中学校となる
その中学校も昭和41年3月に鴻之舞中学校に統合され
同48年にはその鴻之舞中学校も閉校となってしまう

昭和48年の鴻之舞鉱山の閉山により 人口も流出
その後の過疎化等により
平成3年3月閉校となる









ちなみに
学校跡地からも見えるが
隣りに残る旧上藻別郵便局の廃屋

個人の表札が付いていたので
閉局後お住まいの方がいたようだが
それも今は寂しく廃屋と化し 庇上部の〒マークが悲しさを醸し出していた





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