紋別市立鴻之舞小学校

大正10年11月1日開校   昭和48年10月30日閉校


平成19年11月訪問



紋別市鴻之舞
ここはにかつて13000人もの人々が暮らした一大鉱山があった
しかし金価格の下落や資源の枯渇により昭和48年閉山してしまう

現在はご覧のような風景が広がり
幾つかの建物の残骸が残るだけの
とても寂しい場所となってしまった









道道137号線を遠軽側から進み
同305号線と交差して紋別市街地へと向かう

その集落跡を進むと右手にこの鉱員住宅の廃墟が見える









これは商店か何かの蔵であろうか









紋別鴻友会 当時この街で暮らした方々が
それぞれの集落跡地にこのような標示をしている
これにより
この風景に街があったことが想像出来るのである









鴻之舞鉱山跡の石碑
「紋別観光十景 紋別ロータリークラブ贈」とある









その傍らには鴻紋軌道記念碑もある

これはその昔この鴻之舞から国鉄名寄本線紋別駅まで
産出した金銀を運搬した鉄道である









道道沿いに残るトロッコ軌道の橋脚跡









そして小学校の跡地である
入り口には市内他の廃校跡地にもある「学舎の里」が建てられている









この風景に
昭和17年の最盛時には なんと1593人という管内最大の児童数であった
大きな校舎が建っていたのだ









入り口から右手の一段高くなった場所に目をやると
何やらコンクリートの柱の様な物が 木々の間に見えている









近づくと
校舎の防火壁と煙突が遺跡のように残っている
解体途中で放棄された訳ではないだろう
なぜこの部分だけが残っているのか
不思議すぎる光景である









不思議な校舎跡の傍らに
二宮像の台座が残っていた









「贈 鴻之舞小學校建築工事記念
昭和三十年五月建之」

と言う事である









その後ろ側には
何かが書かれた物が建てかけられている









第31回
鴻之舞小学校
昭和32年卒業生一同

ここで何かをしたのだろうか
これだけでは判らなかった





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