ニセコ町立曽我小学校

明治36年5月5日開校   昭和43年3月31日閉校


平成21年5月訪問



学校跡地には立派なコミュニティセンターが建っていた
そしてそこに古びた校門が残されている
門柱の間隔は かなり離れているが
整備された時に移設されたものだろう


ここはニセコ駅のある中心地から北へ1キロ少々の高台









背の高いその門柱









校舎は残されていなかったが
移設されても校門が残された事はうれしい
しかしこの後ろの建物
この真新しさは極最近建てられた様子
もしかするとそれまでは
かつての校舎の一部を利用した会館だったのではなかろうかと
いつもの思いが駆けめぐる









その真新しい建物の前には









二宮像も残されていた
町史に掲載された曽我小学校校舎の同じような位置にこの二宮像がある
校舎跡にこのコミュニティセンターを建てたのだろう

この集落は明治33年
元子爵曽我氏によって開拓され
新旧市街地を手に取るように眺められる高台に位置している

現在はニセコの高原といった感じであるが
建物はまばら
かつては100名以上いた児童数も昭和42年に49名まで減少し
ニセコ小学校へ統合を決定し閉校となった





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