寿都町立磯谷中学校

昭和22年5月1日開校   昭和54年3月31日閉校


平成23年5月訪問



磯谷の小さな集落の国道沿い
古びた校門が確認出来る
いかにもご覧の坂の上に学校跡地があるだろうと言う雰囲気









校門の片側は「磯谷小学校」
そして写真の方が「磯谷中学校」とある
かつて小学校に併置され開校した中学校であったが
その小学校の正面の敷地に昭和25年12月校舎新築し移転









入り口の校門がある横の敷地にには神社がある
その敷地には何故か二宮像









台座は大変新しいものに感じるが
想像するにこれはこの先の丘の上にあった小学校から移設されたものではないだろうか
なんだか嫌な予感がする
というのもお世話になっているリンク先の「まことの路」様のサイト内で
この磯谷小学校と中学校の訪問報告が写真とともにされている
そこには木造校舎の小学校は勿論
閉校後30年間 そのままに残された中学校の校舎が残されている報告がある
朽ち果てながらもしっかりと立つその中学校校舎は
夢のような「廃」な雰囲気を出す素晴らしいものである
私はその校舎を拝むために今回の旅をしていると言っても過言ではない
そんな跡地である









超 わくわくしながら坂の上を目指す
右手にあった小学校の跡地の確認は小学校の報告の項でした
その唖然としてしまった思いを抑え
何もなかったかのように左手の中学校跡地の確認
この外壁の先 左手奥に夢に出てくるような木造校舎が待ってくれているはずである
と信じたい









ご覧の風景であった

ちなみに外部へ飛ぶが まこっち様の「磯谷中学校」の報告を確認されたし

「まことの路 寿都町立磯谷中学校跡」

衝撃が襲って来た
校舎前の記念碑だけが佇んでいる









心を落ち着かせながら記念碑を確認する
「潮涛のふるさと 恵育百年の光」
磯谷小学校(高等科)校歌
昭和54年8月建立の
磯谷小学校(高等科)開校百年記念協賛会建立によるもの
中学校が閉校したその年に 中学校の校舎前に建てられた小学校の開校記念碑
動揺していたせいもあってか
何故中学校跡地に小学校の開校記念碑があるのか判らなかった

調べると
なんと先ほど述べた昭和25年12月落成の中学校校舎であったが
翌26年11月に 元々この地にあった小学校と校舎を交換したとのこと
それでこの中学校跡地に小学校の開校百周年記念碑が建てられたのだろう
そして二宮像もこの中学校校舎の前にあったのが不思議であったが
小学校時代に建てられ 中学校が移転してきても
像はそのまま残されていたのだ
私が訪問する1年か2年前に ご覧のように綺麗サッパリとされた時
二宮像だけが入り口の神社内に移設されたようだ









なんかどうでも良くなってきたが
良くない
坂道は先へと続いていたので進んでみると
中学校の敷地の一段高い位置に入り込むご覧の道をみつけた
空中写真を確認すると教員住宅がこの道沿いに数軒並んでいる
全て校舎と共に解体されたのだろうと思いながら奥へと進むと









何故かご覧の長屋の建物だけが忘れ去られたように佇んでいたのである

昭和51年12月の寿都町立学校設置条例改正により
昭和54年4月
寿都中学校 樽岸中学校 湯別中学校 歌棄中学校 磯谷中学校が統合し
新生寿都中学校が開校となる

それにしても閉校から30年
そのまま放置されていた木造の校舎が・・・





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