鶴居村立暁峰小学校

昭和35年4月1日開校   昭和44年3月31日閉校


平成23年9月訪問



鶴居村下久著呂と標茶町久著呂からの村道が交わる点
一方は未だ未舗装である









交差点にはご覧の注意を促す案内が
十分な注意が必要のようだ









すぐ裏手の木々の隙間から 崩れかけたサイロが見えている
辺りに全く建物など確認出来なかったので
離農の跡だろう









近づくと斜面は植林の最中といった様子
あまりウロウロとしてもいられないので
目的の暁峰(ぎょうほう)の学校がどこにあったのか目指してみる









クマ出没の看板の反対側 南側へと入って行く
未舗装の道 先はどんな風景なのだろうか









と進んで行くとかなり開けた風景に
熊の恐怖など感じないし 電柱も続いている所を見ると
人の生活はあるようだ









しかし放牧や牧草地らしき なだらかな風景が続いているだけで
学校や集落があった様子を全く感じさせない









所持している旧版地形図にも「文」記号が無いため
どこに暁峰の小学校があったのか見当もつかなかった
ただご覧のような広々とした風景がずっと続いていたのである

昭和41年発行の鶴居村史から

ツルハシィ部落は戦後昭和25年26年に入植を見た地区で
それ以来住民の児童は下久著呂小学校 鶴居小学校と分散通学していた
その距離は遠い所で往復14キロに達し
とくに冬季間の通学には困難を極めた
そこで部落民協議の結果各方面に陳情し
昭和34年鶴居小学校の冬季分校を試みに設置
部落集会所をそれにあて特別授業したが
翌35年将来をみて開拓地学校として北海道教育委員会より認可され創立された
その年の5月30日に校舎落成され
体育施設はブランコ 回旋塔 低鉄棒1基 遊動木等も昭和37年に整備され
その後配電工事完了 水道工事完成着々設備が整備されつつあったが
昭和40年度には離農者が増え児童数は毎年減少の一途をたどり
現在では16人となっている





back

inserted by FC2 system