歌登町立大曲小中学校

大正14年11月9日開校   昭和51年3月31日閉校


平成19年9月訪問



道道120号線 仁宇布側から歌登へ向かい
天の川トンネルを抜けるとすぐ右手にこの風景が見えてくる
道路沿いに立てられた 「史蹟 大曲小学校跡」
廃校跡地にこの手の碑をしっかりと建立している自治体には感心する









校門から眺めると 素敵な木造校舎が残されているではないか
しかしこの草木の生えた時期はやはり全体像を確認させない









奥には体育館も残る
写真左手には閉校後に作られたと思われる
家畜小屋だったかのような建物が朽ちていた









味わいある教員住宅もそのままに
閉校後は特段使用されなかったのだろうか
確かに現在大曲の集落にほとんど住民らしき人がいないので
使用する人もいなかったのかもしれない

それにしても校庭跡に育つ草は尋常ではない









校舎の前にぽつんと置き忘れたかのような小屋
覗くとかつての学校風呂のようであったが
位置的に不自然であったので何らかの理由で移動されたのか









正面玄関 木製そのままの古びた戸が残り
昭和28年築の風合いを残す









正面玄関の向かって右側校舎 歪みが酷くいつまでもつことか









体育館は農業倉庫としてでも使用されているのか
そこへと向かう草がなんとなく刈られている









一部壁面が撤去され
確かに内部には農業機械が置かれていた









全体像が確認できる春先に
もう一度訪問したいと思う素敵な校舎の残る 気になる廃校跡である









と言うことで春先の平成22年5月に再訪した
今回は大曲の集落も調べてみようと思う
写真は大曲小中学校北側の大曲橋









まず上徳志別側から徳志別川を渡りすぐの 現在も建物が残る場所
旧版地形図ではこの辺りから何棟かの建物があったようだが
現在はこの2棟の廃屋を確認するだけである









そこから徳志別川に沿い奥へと進む
建物など全く見当たらない









大曲の集落中心辺りに大曲小中学校があったと思われ
次は学校の再確認
右手が学校跡地で向こうが上徳志別側
ちょうどこの先道道が右手へカーブする辺りの林の中に
1件の簡易な建物がある
そこが唯一この大曲地区の現在お住まいの方が居ると思われる場所
もしかしたら春先から夏場だけの通いかもしれないが
見た感じでは昔からそこに住んでいた雰囲気ではない









雪の地方の春先ほど廃墟の探索に向いている事はないと思う
しかしすぐに自然の力が発揮され覆い隠されるのだが
前回は草に埋もれる校舎だったので
近付くのが楽しみである









ここかからでも教員住宅がはっきりと確認できる









「史蹟」の裏側
昭和五十九年十月開基八十八年記念受彰者一同 建之









多くの廃校跡地に残された旧教員住宅には
閉校後お住まいの方がいるのだが
こちらは住む人はいないようだ









お住まいの方がいなくなってからどれほど経つのだろうか
玄関辺りが崩れてきている









その扉は開け放たれている
上には表札が残されているのかと近付いて見ると









右から 民生委員・児童委員・特別社員
北海道民生委員・森林愛護組合長・山火事見張員
凄いお方がお住まいだったらしい









そして本題の校舎
住宅の前からその建物を確認

残念ながら前回正面玄関の右手に歪みながら残っていた部分が
完全に崩壊している









そう言えばこの学校風呂?
何故このような中途半端な位置にあるのか
草生していなくても解りはしない









校舎前に建つおそらく酪農の施設だったと思われる建物
牛舎だったのか









貴重な木造校舎がはっきりと確認出来る
しかし屋根の一部は剥がれ
こちら側もいつまでこの状態を保てるのか心配になる

それにしても屋根の青さが綺麗過ぎるようだ









体育館の中には農業機械が入ったままであるが
使用されている様子ではない








今度は小学校の南側にあった集落の確認へ

この大曲
実はかつて国鉄の美幸線が通過し
なんと「北見大曲駅」なるものも出来る予定であった
その美幸線の路盤はほぼ完成していたのだが
昭和60年に開業区間であった美深〜仁宇布間が廃止され
未成のまま全ての廃止が決まってしまう
大曲小中学校の裏手にはその路盤跡が現在もはっきりと確認出来るのだ

トンネルは美幸線の第2大曲トンネルを利用し
仁宇布へと向かう峠を簡略化する為に
道道を付け替えたようだ









トンネル手前のパーキングに立てられていた看板を確認

牽牛橋と織姫橋を結ぶ
「天の川トンネル」

主要道道美深中頓別線は美深町を起点とし
歌登町を経て中頓別町を終点とする
この路線の山岳ルートで難所となっている通称大曲峠の
9,3キロの未改良区間の道路改良にあたり検討を重ねた結果
旧国鉄美幸線の第2大曲トンネルを拡幅し
峠越えをしない新たなルートを開設する事になりました
この新たなルートの両側には牽牛橋・織姫橋があることから
第2大曲トンネルはこの2つの橋を結ぶ
天の川トンネルとして蘇る事となったのです

のような事が書かれている









トンネル入り口側にはヘリポートも









そこから西側へと分かれて行く旧道道を遠望
この奥に昭和35年発行の旧版地形図では
建物が数軒建っていた事になっている









旧道道を進んでみる
この辺りに何軒か と見渡すが
建物があった痕跡なども全く確認出来ないし
ただとても広々とした風景が続いている









さらに進んで行くと未舗装の道路に









何か標識が見えてきた









左手が旧道道 真っ直ぐがスーパー林道









スーパー林道側は途中から通行止めのようだ









スーパー林道側を少し進んで振り返る
↑歌登28q →仁宇布27q









旧道道の方を進む
どことなく廃道の雰囲気 先へ進めるのだろうか
仁宇布側からの方にも標識が









振り返り確認 まあ想像通りではある









やはりというか 残念ながらすぐに通行止めに
もっと時期が遅ければゲートは開いているのだろうか









ゲートからすぐの場所に橋がある
廃道に残る廃橋のようだが かすかに轍がついている









その橋が「牽牛橋」であった









残る織姫橋を確認しようと天の川トンネルを抜け旧道道の反対側へ
現道道からの旧道入り口に橋が架かっているが
こちらの欄干には名前は無い









その橋を渡るとすぐに残念ながらご覧のゲートが









こんな表示が
立入禁止の期間は3月28日までとなっているが
訪問は5月17日
織姫橋を見ることはなさそうである





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